美しい山々や川、北には海と多くの自然資源に恵まれた都市、京都。自然と歴史・文化が融合し、長きにわたって日本の中心地として栄えてきました。
連載『きょうとの自然とくらす』では、自然と調和し日々を歩む京都、京都の自然と共に生きていく知恵や工夫について発信していきます。
癒やしや喜びを与えてくれる自然は、時として被害を与える要因となることも。今回の『きょうとの自然とくらす』では、自然の猛威から京都を守る日吉ダムをご紹介します。
南丹市にある「日吉ダム」
南丹市日吉町にある『日吉ダム』。桂川のほぼ中間地点に位置しています。
桂川は、京都市左京区の佐々里峠付近から始まり、亀岡盆地、保津峡、嵐山を通過し、京都盆地に至ります。その後、宇治川・木津川と合流し淀川となり大阪湾に注ぎます。
桂川の中流部には保津峡があります。大変美しい京都を代表する渓谷ですが、川幅が狭く、大雨が降ると水かさが一気に増します。
その上流にあたる亀岡盆地は上の写真(1982年8月:台風10号)のように、これまでに何度も洪水の被害に見舞われ、尊い人命や財産が奪われてきました。
それまでの水害の歴史に加え、淀川沿川にある都市部の急激な人口増加による水資源の確保が急務となったこともあり、日吉ダムは当初『宮村ダム計画』として1961年に構想され、淀川の総合開発の一環として日吉ダム建設事業を実施し、37年の歳月をかけ1998年に完成しました。
洪水被害から京都を守るために「日吉ダム」が行うこと
水害が多く発生してきたこの流域を、洪水被害から守るために日吉ダムが行っていることをご紹介します。
台風や梅雨前線のようにある程度事前に大雨が予想できる場合、雨が降る前から日吉ダムの操作は始まります。洪水調節のためのダムの貯水容量が不足すると予想される場合には、大雨の前にダムの水位を下げるのです。これを『事前放流』と言います。
ただ、やみくもに水位を下げることはできません。洪水対策だけでなく、下流河川の流水の正常な機能の維持や、利水として京阪神地区への水道用水の確保は日吉ダムの重要な役割だからです。
予想が外れ大雨が降らなかった場合も想定し、下流への用水補給に支障がないように水位回復が可能な範囲で、水位を下げます。
そして、大雨が降り出すと流れ込む水をダムに一時的に貯め、下流にとって安全な量の水を放流します。
こうすることで、下流の水位を安全に保ち、急激に水位があがることのないように調節し、ダム下流域の洪水被害を軽減しています。これを『洪水調節操作』といいます。
2018年西日本豪雨でも行われた「緊急放流」
しかし、ダムの貯水にも限界があります。予想をはるかに超える雨が降り、ダムから水が溢れてしまうようなことが起きれば、想像を絶するような甚大な被害が発生すると言われています。
そこで、ダムは満水を迎える前に『緊急放流』を行います。正式名称は『異常洪水時防災操作』と言います。直近では、2018年の7月に起きた『西日本豪雨』の際に緊急放流が行われました。
緊急放流ではダムに入ってくる水と同量を下流に流します。これまでダムが限界まで貯留することによって下流河川の水位上昇を抑えることができましたが、緊急放流ではダムへの流入量と放流量が同じになるため、河川はいわばダムがない状態と同じになります。
そのため、緊急放流が行われる際は、事前にいつ行われるか、どのエリアが特に危険かなど、テレビのニュースや防災無線などで案内されます。台風や記録的豪雨、特に最近多くなっている線状降水帯発生の際は、こまめに情報を確認することが非常に大事です。
【関連記事】近年増加する大雨…改めて考えたい「水害への備え」とは『西日本豪雨』の際には、『常用洪水吐きゲート』だけでは洪水調節の放流が追い付かないと判断され『非常用洪水吐きゲート(クレストゲート)』がダムの運用開始から初めて開きました。
この『非常用洪水吐きゲート』は4つありますが、ゲート1つで1秒間に最大で775立米を放流できます。これは25mプールの約1.6杯分にあたる水量です。
『西日本豪雨』では、梅雨前線の停滞により日吉ダム流域平均総雨量は、管理開始以降で最大の492mmを記録しました。大雨が降って川の水位が上がっていく際に、日吉ダムは洪水時最高水位と決められている最大量を超える貯水を行い、そして、ダムへの流入量が低減し、下流域の水位がピークを過ぎ、水位が低下するタイミングを見計らって緊急放流を行いました。
この操作によって下流の保津橋地点(亀岡市)の最高水位発生時刻を約16時間遅らせ流域住民の避難時間を確保することができました。
『西日本豪雨』は、京都府内でも死者・負傷者が出て、広域にわたって住宅の浸水被害が発生しました。しかし、桂川の水位の上昇を抑えるこの操作がなければ、桂川流域ではさらに大きな被害が発生していたかもしれません。洪水調節を行った結果、行わなかった場合と比較して、保津橋地点で0.76m以上水位を低下させる効果があったと想定されるそうです。
当時、計画高水流量を超える規模以上の大きな洪水の発生時に備え、緊急放流を極力回避、または時間を短くするために、雨が降る前から放流を行い予め水位を下げ、洪水を貯める容量をさらに増やすことが、全国的にダム管理上の喫緊の課題とされました。
そして、全国の各ダムで事前放流の取り組みが進められ、日吉ダムでも令和3年8月に初めてとなる事前放流が実施されました。
ゲリラ豪雨や台風、そして長く雨の降らない渇水時でも、京都の人々が日々を安心して暮らしていけるよう日吉ダムの奮闘は続きます。水害の時に注目を浴びるダムですが、平常時は無料で施設の見学もできます。ぜひ一度足を運んで、日吉ダムの活躍を体感してみてください。
文/きょうとくらす編集部
【画像・参考】独立行政法人 水資源機構 日吉ダム管理所
PIXTA(ピクスタ):barman/でじたるらぶ/motoko/yuayua
※この記事は2023年8月に制作しています。