仲源寺の雨止み地蔵
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鴨川歴史探訪~第1話 3つの橋と雨止み地蔵のお寺「仲源寺」〜

KBS京都で放送中の『京都浪漫~悠久の物語~』。
今回は、2023年6月11日(日)に放送された『鴨川歴史探訪~仲源寺・檀王法林寺・志明院』を、全3回に分けてご紹介します。

鴨川歴史探訪~仲源寺・檀王法林寺・志明院

牛若丸伝説でお馴染み「五条大橋」

京都市を流れる鴨川
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

平安京の昔から京都の文化を育み、人々の暮らしに寄り添ってきた鴨川。下流から上流へと歩いてみるとそれがよく分かります。

五条大橋の牛若丸と弁慶の像
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

五条大橋のたもとに建つのは、牛若丸と弁慶の像。

牛若丸と呼ばれていた少年時代の源義経が、五条大橋の上で刀を奪おうと襲いかかってきた武蔵坊弁慶を翻弄。降参した弁慶は心を入れ替え義経の家来となったという伝説は童謡にもなり、全国に広まりました。

京都・五条大橋
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

五条大橋は牛若丸の伝説とともに、鴨川に架かる橋の中でも最も有名な橋の一つとして古くから知られてきました。

平安京で最も古い橋の一つとも言われる五条大橋。嵯峨天皇が架橋したという説もある一方で、平安末期につくられたのではと鴨川の歴史に詳しい京都産業大学の鈴木康久教授は推測します。

冊子『鴨川を伝える』の鴨川絵図
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

鴨川の魅力を伝えるため鈴木教授がゼミ生と共に制作した冊子『鴨川を伝える』には、江戸時代に描かれた鴨川の絵図が掲載されています。

この絵図の始まりが五条大橋になっていることから、江戸時代の前期においては五条大橋より上流がいわゆる洛中というイメージだったことが推察できます。

『鴨川を伝える』には1900年代中頃、盛んに行われていた友禅流しの様子も掲載されています。水が汚れたことにより友禅流しは姿を消しましたが、1981年に京都染織青年団体協議会がデモンストレーションとして復活。現在も『鴨川納涼友禅流しファンタジー』として行われています。

毎月清掃が行われている鴨川
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

また、水質が汚れていた時代に結成された『鴨川を美しくする会』は、毎月の掃除やゴミ拾い歩きなどの美化活動を現在まで50年近く続けています。

街なかでアユの友釣りが楽しめる「団栗橋」

京都・団栗橋
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

五条大橋から北へ、松原橋を過ぎると見えてくるのが団栗橋です。かつて橋のたもとに、大きなどんぐりの木があったことが名前の由来とされています。

団栗橋は“アユの友釣り”の絶好の漁場。『京都賀茂川漁業協同組合』の人々によって一生懸命守られているアユを、5月末から9月末まで漁業券を購入すれば釣ることができます。

こんな街なかで友釣りが楽しめるのは全国でも珍しく、アユ釣りを趣味とする人に団栗橋周辺は人気が高いのだそうです。

アユの魚道
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

アユが大阪湾から登ってくる際に、鴨川の段差を上がれるように魚道が必要となります。『京都賀茂川漁業共同組合』と『京の川の恵みを活かす会』が鴨川にこの魚道を設置しています。

『京の川の恵みを活かす会』の取り組み
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

『京の川の恵みを活かす会』は魚道の設置のほか、天然物による漁業や食文化の再興を目指し魚類の生息調査などの活動も行なっています。

鴨川の氾濫で何度も流されていた「四条大橋」

画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

冊子 『鴨川を伝える』の中で、多くの写真が使われているのが四条大橋です。竣工した四条大橋の渡初式の写真や、昭和の初めごろに撮影された四条大橋と南座付近の写真が掲載されています。

現在の四条大橋
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

八坂神社の記録によると、四条大橋は平安時代後期の永治2年(1142年)に、参拝者からの寄付も集めて架けられたのが最初とされます。これまでに幾度となく鴨川の氾濫で流され、その都度架け直されてきました。

かつて“暴れ川”だった鴨川
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

『平家物語』の中で鴨川は白河法皇の“三つの思い通りにならないもの”の一つとして挙げられています。それほどまでに鴨川がかつて“暴れ川”であったということですね。

「雨止み地蔵」信仰を受け継ぐ「仲源寺」

仲源寺
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

そんな“暴れ川”鴨川の歴史を今に伝えるのが、四条大橋の近くに建つ『仲源寺』です。現在は四条大橋の近くに建つお寺ですが、もともと鴨川の東北にあったとされています。

仲源寺のアクセスマップ
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

仲源寺までは京阪電車『祇園四条駅』から歩いてすぐ。市バス『四条京阪前』のバス停からも歩いてすぐです。

1228年鴨川の大洪水
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

大雨で鴨川が氾濫し、都中が洪水に見舞われた安貞2年(1228年)。朝廷が状況を検分したところ、四条河原の竹木の生い茂った場所で不思議と多くの人が九死に一生を得て助かっているのが見つかりました。

仲源寺の雨止み地蔵
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

その周辺を見ると、竹木が生い茂った中に大きな丈六のお地蔵様が祀られていたことから、そのお地蔵様を『雨止み地蔵』と呼ぶようになったのだそう。

祇園祭の神事『神用水清祓式(しんようすいきよはらえしき)』の途中に、八坂神社の神官や氏子が仲源寺にお祓いに立ち寄るのも、古くからの『雨止み地蔵』の信仰を受け継いでいるからです。

大規模な改修工事が行われた鴨川
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

その後、昭和10年に起こった大洪水により80以上もの橋が流され、これを機に10年以上に渡る大規模な改修工事が行われます。そして昭和22年に鴨川はほぼ現在の風景となりました。

目疾地蔵と呼ばれるようになった地蔵尊の顔
画像:KBS京都『京都浪漫 悠久の物語』

治水工事が進み大洪水が起こる危険性も減ったため、仲源寺の『雨止み地蔵』も『目疾(めやみ)地蔵』というもう一つの呼び名が定着していくことに。

眼病を患った老人をお地蔵様が代わりに目を病むことで治してあげたという伝説から、“雨止み”から目疾”に転じた地蔵菩薩。右目は今でも潤んで充血し、涙の跡も付いているように見えます。

水質汚染や洪水の問題を抱えていた鴨川は、それらを改善しようと努めた多くの人々の手によって今の姿へ変化していったのですね。そんな鴨川の歴史を見守ってきた仲源寺のお地蔵様にも是非一度手を合わせに行ってみてください!

続いては、“鴨川歴史探訪~第2話 三条大橋近くの「土下座像」と「檀王法林寺」〜”をご紹介します。

文/中村ゆか

【画像・参考】京都浪漫~悠久の物語~(第1・2週 日曜日 21:00~21:55/再放送 第3・4週 日曜日 21:00~21:55) – KBS京都
※この記事は、2023年6月11日(日)放送時点の情報です。