KBS京都で放送中の『京都浪漫~悠久の物語~』。
今回は、2023年5月7日(日)に放送された、洛北屈指の名刹『曼殊院門跡』を、全5回に分けてご紹介します。
150年ぶりに宸殿が再建された『曼殊院門跡』について、天台仏教や神仏習合そして宮廷文化を伝える宝物までたっぷりとお伝えします。
150年ぶりに宸殿が復活!洛北を代表する名刹「曼殊院門跡」
150年ぶりに再建された宸殿の内部へ
曼殊院の悲願が実り150年ぶりに再建された宸殿。 真新しい木の香りが漂っています。宸殿は大きく3つの部屋に分かれています。
中央の間は法要を行う部屋で、奥には本尊と歴代門主の位牌が並びます。
中央に安置されているのは本尊・阿弥陀如来坐像です。平安時代に作成されたものです。
本尊の手前には十一面観音立像が安置されています。北野天満宮の守り本尊で菅原道真公の化身とされています。歴代門主と同じく別当職を務めていた良尚法親王が北野天満宮より曼殊院に移しました。学問の神様の守り仏です。他にも天神図など曼殊院には天神信仰の宝物が数多く所蔵されています。
左側の部屋には仏像が並びます。ギロリと目を見開いているのは元三大師の木像です。正月3日に亡くなったのでそう呼ばれていますが、慈恵大師良源という名僧です。比叡山の中興の祖と言われ、比叡山延暦寺の堂宇のほとんどを造営しました。
鎌倉時代に作られた木像で、蒙古襲来の時に救っていただこうと国家安泰を祈って33体作られたうちの1体と言われています。
右側の部屋の黄不動明王像は近頃奉納されたばかりの精巧な複製画です。元の絵は平安時代に描かれた国宝・黄不動明王像です。青蓮院門跡の青不動、高野山明王院の赤不動とともに三不動と呼ばれています。本物は現在京都国立博物館にあります。
愛知県立芸術大学で4年間かけた模写作業により、本物と見紛うほどの精巧なものになりました。
金色に輝いていたことから名付けられました。通常、不動明王は安定感と純粋さを表すために童子の姿に描かれますが、この不動明王は成年のようです。
黄不動明王像の謎
国宝・黄不動明王像は近頃2年かけて修復作業が行われました。
その時にお腹のあたりに何か影があるということが分かり調べると、御衣絹加持(みそぎぬかじ)という跡が残っている分かりました。御衣絹加持とは、仏画を描く前に清めた水で仏像の姿を描く儀式のことです。これまで文献としては残っていましたが、この黄不動明王像には、薄い線として形が残っており、非常に貴重な発見となりました。
秘仏 国宝 黄不動明王像 特別公開
曼殊院門跡では宸殿の復興を記念して2023年5月13日(土)から6月30日(金)までの期間、『秘仏 国宝 黄不動明王像 特別公開』が行われています。
今後は公開は避け秘仏扱いとなります。国宝と模写を並べて公開されます。
曼殊院門跡の雅な文化財
創建当時から残る護摩堂。通常非公開ですが特別に中を見せていただくことができました。
須弥壇の中央には護摩堂の本尊が安置されています。平安時代に作られた大聖不動明王像です。毎年1月3日と毎月28日には護摩が焚かれ願い事をご本尊に届けます。
『曼殊院門跡』は皇室ゆかりの寺院として2万点に及ぶ貴重な文化財が伝わっています。良尚法親王は国学、和歌、書、茶の湯、立花、絵などに通じた一流の文化人です。書では寛永の三筆とも交友がありました。
いくつかの扁額は良尚法親王の筆になります。
上之台所の出口には、良尚法親王が描いた屏風が置かれています。良尚法親王は狩野探幽らに絵を学びました。
菓物尽図巻(くだものづくしずかん)も良尚法親王の筆によるもの。日本画の手習いになると思うほど実に巧妙に綿密に描いています。
良尚法親王は立花では、池坊華道を修めました。立花図は生けられた花を記録として絵で残したものでおよそ300枚が残されています。後水尾天皇が生けた立花もあります。
曼殊院には後水尾天皇の書も残されています。
長い歴史を持ち、多くの由緒に富む曼殊院門跡。それにふさわしい多くの歴史、文化財がありました。平安時代から続く天台寺院としての仏教関係のもの、北野天満宮別当職としての天神信仰に関わるもの、宮廷文化を伝えるもの。良尚法親王の美意識が色濃く残る曼殊院門跡を訪ねてみるのもいいですね。
文/きょうとくらす編集部
【画像・参考】京都浪漫~悠久の物語~(第1・2週 日曜日 21:00~21:55/再放送 第3・4週 日曜日 21:00~21:55) – KBS京都
※この記事は、2023年5月7日(日)放送時点の情報です。